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ざわざわと辺りはざわめき、すぐ傍ではくすくすと笑い声が聞こえてきた。 「困りましたわね、ゼロ様。貴方のために用意したKMFが、何故か悪逆皇帝の元にあったようですわ?」 いたずらっ子の笑みを浮かべたカグヤに怒鳴りつけたい衝動を抑え、できるだけ冷静を装い言った。 「・・・黒の騎士団がこの件に関し、資料提供をしているようですが」 「そのようですわね」 「ご存じなかったと?」 「まさか、知っておりましたとも。私の許可なく、黒の騎士団の軍事資料が流れるはずありませんわ」 「私は聞いておりませんが」 「当然ですわね?」 既に成人を超えたカグヤとナナリーが昔のような幼さを滲ませ、くすくすと笑う姿はたちの悪い悪魔にしか見えなかった。 *** 「ではここで、蜃気楼を製作した、黒の騎士団技術部統括ラクシャータ・チャウラー博士と通信が繋がっております」 左右に分かれていた映像が縮小され画面の端へと移動し、画面中央に白衣を着た女性が映った。今では多くの者が知る有名な科学者の登場に、辺りはしんとなった。 「博士、このゼロ専用機・蜃気楼のお話を伺いたいのですが」 『・・・ええ、いいわよ。私に答えられる範囲ならね』 テレビの前だというのに、いつものようにキセルを咥えながら、ラクシャータは答えた。今までの映像を見ていたのだろう、どこか不安と緊張を滲ませていた。 「ありがとうございます。こちらの機体は、ゼロ専用機で間違いありませんね」 『ええ、間違いはないわ。こんな機体使うのはゼロぐらいよ』 「こんな機体、といいますと」 『この蜃気楼は普通と違って、キーボード操作も可能なの』 「キーボードですか?」 『これがそうよ、これは蜃気楼の予備のキーボード。全く同じものを使って、あのKMFは動くわ』 「普通は違うんですか?申し訳ありません、KMFの構造を教えていただけませんか」 『貴方は、車を運転する時にキーボードをたたく?』 「いえ、ハンドルを握ります」 『そう、右なら右に、左なら左に動かすだけで済むハンドルの方が楽よね?KMFも同じで、操縦かんを握って操作するのが一般的よ。でも、この機体はキーボードでも命令を出せる。と言っても、蜃気楼の場合は基本的な動作の半分が、コンピュータで自動制御されるから、操縦だけで言うなら誰が乗っても一定レベルの動作をするわ』 あくまでも操縦補助で、どこにどう動くかは全てゼロが指示を出すが、ふらついたり、急停止や急降下、あるいは回転したりという事が無い様に自動的に調整される。 「自動操縦ですか?」 『そう、ゼロは指揮官だから、操縦にだけ集中していられないでしょ?でも、それ以外はすべて手動よ』 「それ以外ですか?操縦以外というと他に何が?」 『蜃気楼は指揮官機だから、情報解析も出来るよう作られているわ。それと、絶対守護領域の展開範囲計算、拡散構造相転移砲の反射角計算などなど。普通はハイスペックのコンピューターに任せるべき所を、ゼロは全部自分の頭で処理していたのよ』 「それは、どのぐらい難しい物なんですか?」 聞き慣れない単語の数々に、それがどういう物かも想像が出来ない。 『少なくても、私には無理よ。これを使いこなすには、状況判断力も大事だけど、化物じみた演算処理力がひつようになるのよ。それを戦闘中、敵に狙われる指揮官機に騎乗しながら行うのよ?普通じゃないわ』 KMFに携わっている者ならば、特に技術面に携わる者ならば、ありえない、そんな機体で戦闘など出来ないと悲鳴を上げるような内容だ。それらの機能を使用する事は不可能とは言わないが、戦闘中にそれらの演算を行い、希望通りの効果を発揮させ、尚且つ撃墜されないでいられるかといえば、それはほぼ不可能だった。 『以前、蜃気楼にゼロ以外が騎乗した事があるわ。移動は大まかな指示だけだして、ほぼ自動操縦に任せ、絶対守護領域の計算に集中していたようだけど、あれでは戦場に出ることは不可能ね』 ラクシャータは、ゼロを救うため蜃気楼を操縦した者の事を思い出した。追いかけてくるKMFからの攻撃を防ぐため、どうにか守護領域を展開していたが、あれでは戦場に出た瞬間に撃墜されてしまうだろう。KMFの操縦技術とは異なる力、ギアスがあったからこそ、彼らは逃げ延びただけに過ぎない。 そして、普通の人間ならあれが限界だ。 「その蜃気楼がルルーシュ皇帝の元にあったという事は、蜃気楼を奪われたという事でしょうか」 『そうね、あの当時いた団員に聞けばわかるわ。あの日、ゼロが死んだと黒の騎士団が発表した日に、蜃気楼が奪取されたと答えるでしょうね』 ゼロが死んだ。 そう、黒の騎士団の正式発表で、ゼロの死が報道された。 だが、ゼロは今も黒の騎士団と共にあった。 「蜃気楼が同一機であるなら、その犯人は悪逆皇帝だったという事になりますが」 『・・・さあ、どうかしらね。私が言えるのは、戦場には不向きな機体を乗りこなし、指揮官自ら先頭に立って、自らを囮にしながら戦うなんて狂気じみた事する人間は、一人しか知らないわ』 まるで謎かけのような言葉だが、それが示す事実は一つだ。 「それはどういう事ですか」 ミレイは、それこそが知りたい事なのだと強い視線でモニターを見つめたが、ラクシャータはこれ以上は無理だと首を振った。 『私が言えるのはここまで』 むしろしゃべりすぎたと、ラクシャータは通信を切った。 しん、と静まり返ったその場所で、ミレイは残念そうに息を吐いた。 「いまの博士のお話は、一体どういう意味なのでしょうか」 男性の声に、我に返ったミレイは「それはまだ」とつづけた。 「では、もうひとつ見ていただきたいものがあります。こちらをご覧ください」 ************ 「ラクシャータ・・・」 モニターに映っていた科学者を睨みつけゼロはうめくように言った。 何でそんな話を。 特に最後のは致命的と言っていい。 その言葉の危険性を彼女なら解るはずなのになぜ。 「そう言えば、今日はKMFの事で取材があると聞いておりました」 この事だったのですね、とカグヤは笑った。 「カグヤ様、私は聞いておりませんが」 「ゼロ様のお手を煩わせるほどの内容では御座いませんもの。合衆国中華と合衆国ブリタニアの代表、黒の騎士団総司令の星刻、そしてゼロ様の参謀となったシュナイゼルに話したところ、問題はないと回答を頂き、許可いたしました」 問題しかないだろう!!と、叫びたいのを抑え、にこにこと笑う悪魔を仮面の下から睨みつけた。以前言の葉で人を殺せたらと彼女は言ったが、今はここで視線だけで人を殺せたらどんなにいいかと考えてしまう。 だめだ、これは駄目だ。 このままだと、ゼロの正体がルルーシュだと知られてしまう。 それは避けなければならない。 悪逆皇帝が本当のゼロだったのだと知られれば、ゼロレクイエムが、ルルーシュの死が無駄になってしまう。 世界は5年という歳月をかけ、戦争の無い安定した環境を作り出した。 飢餓や貧困も5年前とは比べ物にならないほど減少し、人々は活気あふれる笑顔で日々生活を送っているのだ。 全ては、ルルーシュが悪だからこそ成立しているもの。 彼が多くの罪を一身に背負っているからこそ、成り立っている世界なのだ。 それなのに。 ナナリーの罪も、カグヤの罪も、黒の騎士団の罪も全てルルーシュが持って行った。 だからこそ、彼女たちは今も代表でいられるのだ。 今、自分がブリタニアにいない事をこれほど後悔するとは思わなかった。 今居るのは合衆国中華。 いくら急いで戻っても、ミレイを止める事は出来ない。 シュナイゼルも加担していると解った以上打つ手がない。 ここで、この映像を見ているしかないなんてと、スザクは唇をかみしめた。 |